研究内容

ミツバチの社会性・社会行動を規定する分子・神経的基盤の研究

ミツバチは社会性昆虫であり、メスに女王蜂と働き蜂というカーストが存在する。さらに働き蜂は羽化後の日齢に応じて、育児から門番、採餌へと分業(齢差分業)する。またその働き蜂は、尻振りダンスにより記憶した花の位置を仲間に教えるという高次行動を示す。当研究室では、「役割が異なるミツバチの脳では、行動を規定する神経回路が異なっており、その形成・維持に関わる遺伝子の種類も異なるのではないか」、「ミツバチの脳には尻振りダンスに関わる特別な領野が存在するのではないか」との仮説の元に、ミツバチの行動の分子・神経的基盤を解明する目的で、differential display法とcDNA microarray法を組み合わせた方法やプロテオミクスにより、ミツバチ脳の高次中枢(キノコ体)に選択的に発現する遺伝子や、行動選択的に脳での発現が変動する遺伝子の網羅的検索と同定(ミツバチ脳の「分子的解剖」)を行い、それらの機能解析を進めている。

現在までに同定した約50個の遺伝子の解析の結果、分かってきたミツバチ脳の遺伝子発現の特徴の幾つかを、次に抜粋してご紹介する。
(1)ミツバチ脳では、神経可塑性に関わるカルシウム情報伝達系の遺伝子群がキノコ体、特に大型ケニヨン細胞に選択的に発現している。
(2)ミツバチ脳ではエクダイステロイド関連遺伝子がキノコ体選択的に発現する。特にエクダイソン受容体EcRとそれと拮抗する機能をもつ核内受容体HR38の遺伝子がともに小型ケニヨン細胞に発現し、HR38遺伝子の発現が働き蜂の分業と伴に増加することから、分業に伴い、小型ケニヨン細胞のエクダイステロイド情報伝達系がEcR依存からHR38依存に転換する可能性がある。
(3)大型ケニヨン細胞選択的に発現するMblk-1はMAPKによって制御される新規な転写因子をコードしており、その線虫ホモログmbr-1は発育段階での過剰な神経突起の「剪定」に働く。そのホモログは哺乳類にも保存されている。
(4)ミツバチ脳で発現する新規な非翻訳性核RNAとして、Ks-1AncR-1を同定した。
(5)ミツバチ脳では神経分泌ペプチド(タキキニン様ペプチド)の遺伝子がキノコ体選択的に発現する。これら、(1)〜(5)の特徴のほとんどはショウジョウバエ等、他昆虫の脳では見出されておらず、ミツバチを含む一部の昆虫の脳に固有な特徴と考えられる。
(6)攻撃性の高い働き蜂の脳から新規ピコルナ様ウイルス(Kakugo virus) を同定・クローン化し、欧州で見られる翅変形ウイルス(DWV)と近縁であるが別系統のウイルスであることを示した。

また、次のようなアッセイ系を新規に確立し、ミツバチの脳機能の解析に用いた。
(1)採餌行動や尻振りダンス時の脳での情報処理を調べるため、Kakuseiと命名した新規な初期応答遺伝子を用いて解析した結果、採餌蜂の脳では小型ケニヨン細胞の神経活動が選択的に亢進していることを示した。
(2)働き蜂は「オプティック・フロー(視野を横切る物体の流れ)」を利用して飛行距離を算出する。飛行距離算出の神経基盤を探るため、オプティック・フローとショ糖溶液に対する口吻伸展反射を連合させる連合学習系を確立した。
(3)ミツバチの行動におけるこれらの遺伝子機能を解析する目的でin vivoエレクロトポレーション法や、バキュロウイルスを用いた外来遺伝子導入法を検討した。

さらに、社会性行動と生理状態が協調的に変化する仕組みを調べるため、分業に伴う下咽頭腺(頭部分泌腺)の機能変化を調べた。
(1)育児蜂の下咽頭腺では幼虫の餌となるローヤルゼリーの主要タンパク質、採餌蜂では花蜜をハチミツに加工するための糖代謝酵素群の遺伝子を主要に発現しており、この機能転換は分泌細胞の個々の細胞レベルで起きることを示した。
(2)働き蜂の分業と生理状態はコロニーの状況に応じた可塑性をもち、若い働き蜂が供給されない状態では老齢の働き蜂がローヤルゼリーを分泌し、育児蜂として働くことを示した。

これらの知見を通じて、ミツバチの個体間分業や高次行動の分子・神経的基盤の一端を伺い知ることができると考えている。今後は、遺伝子導入の確立と遺伝子の生体内機能の解析が重要な課題である。ミツバチ行動を規定する遺伝子の研究を通じて、動物一般の本能行動や、昆虫の社会進化の分子的背景の理解に寄与できればと考えている。なお本研究は一部、東京大学大学院医学系研究科新領域創成科学研究科玉川大学農学部サントリー生物有機科学研究所DNAチップ研究所、の先生方との共同研究として進めている。

小型魚類の社会性行動、適応的行動を可能にする脳機能の統合的解析

 メダカは日本国内で江戸時代からペットとして飼育され、「メダカの学校」と呼ばれる群れ行動や攻撃行動、また雄の求愛円舞(配偶行動)など多様な個体間相互作用の様式が観察されている。一方でメダカは発生や生殖生物学のモデル生物として遺伝子導入法やノックアウトの作出など洗練された分子遺伝学的手法が確立している。本研究室ではメダカの個体間相互作用を定量化する行動アッセイ系の確立及びメダカの脳機能を分子遺伝学的手法により解析するツールの開発を行っている。
 動物の社会性行動は、集団レベル、個体行動レベル、脳神経回路レベル、遺伝子レベルなど様々な階層で解析可能であり、異なる学問分野(工学、生態学、行動学、分子生物学など)において個別の階層に着目した研究はこれまでにあるが、本研究室で工学系研究者と連携して、多階層性を持つ生命現象(社会性行動)を遺伝子レベルから集団レベルまで分野横断的に統合的に解析することも目指している。

動物(クマムシ)の乾燥耐性・極限環境耐性の分子基盤の解析
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 地球上には実に様々な動物たちが生息しているが、中には我々人間が及びもつかないような能力を持つものも少なくない。こうした中で、最も極限 的な環境ストレスに耐えると言われている動物がクマムシ類である。陸生クマムシの多くは乾燥耐性を持ち、周囲が乾燥すると脱水して縮まり乾眠 と言われる状態に移行する。この状態では水をほぼ完全に失っており、生命活動は一切見られない。しかし、死んだわけではなく水を与えると速や かに生命活動を再開する。乾眠状態では、驚異的な極限環境(-273〜151度、真空〜75,000気圧、ヒトの致死量の1000倍の放射線)に耐性を示すこ とが知られている。
 クマムシの耐性能力は約230年前から知られているにも関わらず、その分子機構は全くといって良いほど分かっていない。私たちはクマムシの耐 性能力のメカニズムの解明を目的として、乾燥耐性に関わる実働因子の同定と解析を進めている。実働分子であるタンパク質に着目したプロテオミ クス解析(発現プロテオミクス、機能プロテオミクス)のほか、他研究室と共同でクマムシの全ゲノム解読およびトランスクリプトーム解析を進め ている。
 クマムシの乾眠のメカニズムから、動物の細胞や組織を乾燥保存できる仕組みが明らかになれば、ヒトの医療や産業など応用面にも大きな影響を 及ぼすことが期待される。また、乾眠状態のクマムシが吸水して復活する過程は、生命活動を示さない物体から生命活動が始まる過程ともいえるこ とから、この過程で何が起きているかを調べることで、生命とは何かという根本的な疑問に迫れるのではないかと期待している。さらに研究が進め ば、人工的に生命活動を生み出すこともできるようになるかもしれない。

動物(両生類)の器官再生の分子機構の研究

哺乳類の器官再生能は乏しいが、ある種の動物は強い器官再生能をもつ。当研究室では、ワモンゴキブリを用いて肢再生に働く新規なタンパク質や遺伝子を同定し、特に生体防御タンパク質(体液性レクチン)のファミリーが、肢の再生芽に組織特異的に発現することから、生体防御と再生が共通な分子的側面をもつ可能性を指摘した。現在は、アフリカツメガエルの幼生(オタマジャクシ)の尾の再生に関与する遺伝子の同定と機能解析を2つの方向から試みている。1つはゴキブリの体液性レクチンの機能的ホモログの検索であり、もう一つは尾の再生芽に選択的に発現する遺伝子の網羅的解析である。ツメガエルは細胞工学的に遺伝子の機能解析ができる点で優れている。将来的には当該遺伝子の哺乳類ホモログを用いて、哺乳類の器官再生能の賦活化を試みる。