環境変化への適応過程における生体情報システムのはたらき

岡 良隆 教授

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updated 12/26/2014


現在の研究の概要

 動物は外界からの極めて多様性に富む入力に対して常に一定した応答を示すのではなく、外界の環境が変化すればそれを的確に受け止めて処理し、各種の内分泌・自律神経機能や生殖・摂餌行動等の本能行動を合目的的に適応させて柔軟な応答をする能力を備えている。私たちは、こうした生体の適応を可能にしている情報伝達系としての神経系・内分泌系のしくみを「生命の基本を司る本能システム」と呼び、これを研究の対象としている。そして、このような生物の柔軟かつ適応的な情報処理の中心的な役割を果たす生体情報システムにおいてイオンチャンネル・レセプターの司る細胞内・細胞間シグナル伝達のしくみや、各種神経細胞の形成する神経回路から適応的な本能行動の発現に至るしくみを、生物学的に解明することを目指している。このために、生殖の中枢制御の鍵を握るのみならず、環境に適応する動物の本能システムの重要な部分を担っている多機能性GnRHペプチド神経系と、それらを協調的に調節するキスペプチン(メタスチン)ペプチド神経系の機能に関して、分子から行動レベルまでの生物学的階層すべてを視野に入れた多角的かつ先端的な神経生物学的研究を展開している。現在、私たちはこのようなペプチドニューロンに関して、【1)GnRHニューロン2)キスペプチン(メタスチン)ニューロン】に注目して研究を進めている。

研究紹介記事

  • 理学部公開講演会「動物のコミュニケーション−脳とホルモンのしくみ-」 2007年11月17日
  • 毎日新聞朝刊「なぜなぞ科学」 msnニュース (2006) 2006年2月1日
  • フォトエッセイ ドワーフグーラミーColisa lalia JSCE News (2005)
  • 研究室紹介「東京大学大学院理学系研究科生物科学専攻 生体情報学研究室」 J. Repr. Dev. 51 (2005)
  • ペプチドニューロンの神経生物学−ホルモンとしてはたらかない「ペプチドホルモン」は脳の中で何をしているのか? 比較生理生化学 Vol.19 (2002)
  • やる気を起こさせる神経メカニズム 東京大学理学部ニュース(2002)

    現在の研究に関連した最近の参考文献

    現在の大学院生,およびこれまでの大学院生の主なテーマ

    低次脳機能研究会(低脳研)の活動紹介


    1.GnRHニューロン

     動物は外界からの入力に対して常に一定した応答を示すのではなく、環境の変化を的確に受け止め、これに対して適応的かつ合目的的に柔軟な応答をする能力を備えている。これを可能にしているのが情報の伝達系としての神経系・内分泌系である。私たちは、環境変化の受容系と行動・内分泌的適応の仲介をする重要な役割を演じているものの1つがペプチドニューロン系であると考えている。本研究で主な対象とするゴナドトロピン(生殖腺刺激ホルモン)放出ホルモン(GnRH)は、視索前野で産生され、外的・内的環境の変化に応じて正中隆起に投射する軸索終末から分泌されて下垂体からのゴナドトロピン放出を調節する「ペプチド性下垂体刺激ホルモン」として従来から知られてきた。この際GnRHニューロンは感覚情報からホルモン分泌への情報変換の役割を担っている。私たちはこれに加えて、正中隆起ではなく脳内に広く投射して各脳部位の機能の調節にかかわる神経修飾物質として働くと考えられる終神経GnRH 系および中脳 GnRH 系の存在を証明してきた(図 多様なGnRH神経系)。この、構造的・機能的に多様なGnRH神経系の存在の証明は私たちが魚類脳の特性を生かして、世界に先駆けて証明した。本研究では、機能の異なる脊椎動物の3つのGnRH 神経系を主な題材として、脊椎動物が環境変化に対応して柔軟な生理的応答をする基礎としての神経系・内分泌系における情報伝達機構のしくみを、主に生理学における最先端的手法(各種のパッチクランプ法、細胞内記録法、カルシウムイメージング法、微小炭素繊維電極によるペプチド放出のリアルタイム測定法など)を用いて、また、分子生物学的(イオンチャネル・レセプター分子の同定とそれらの組織・細胞レベルでの局在の解析、および遺伝子操作による生理機能解析)・生化学的(細胞内情報伝達系の解析)手法や形態学的・行動学的手法なども取り入れながら解明しようとしている。特に最近では、3種類それぞれのGnRHニューロン特異的にGFP蛍光標識されたトランスジェニックメダカを作成して系統維持しており、これを用いた、異なる形態や機能を持つ3種類すべてのGnRHニューロンの電気生理学的解析が可能なのは世界中で当研究室だけであり、次項で述べるキスペプチンニューロンによるGnRHニューロンの調節機構の解明にこれらのトランスジェニックメダカは極めて重要な働きをしている。

    この研究の背景や現在までの進展状況の詳細については

    こちらの記事文献をご覧下さい。

    また、この研究と関連の深い研究会活動については

    こちらの記事で紹介されています。

      <単一終神経GnRHニューロン神経線維の脳内における空間分布>

    1990年に世界に先駆けて細胞内記録された単一終神経GnRHニューロンの活動(右図)と、記録後細胞内染色された単一終神経GnRH細胞(細胞体および神経線維)の連続切片3次元再構成図(左図;脳全体の傍正中縦断面に投影したもの;図左が脳の前方)。矢頭の部位にある1個の細胞体から脳内の極めて広い部位に3次元的に神経線維が分布している。

     <3つの機能的に異なるGnRH神経系は形態学的に異なるだけでなく電気活動のパターンも異なる>

    (上図)神経修飾(Neuromodulator)作用を持つ終神経(Terminal Nerve)GnRHニューロンおよび中脳(Midbrain)GnRHニューロンはいずれも脳内に広く軸索を投射するが、脳下垂体には全く投射しない。これらはいずれも極めて規則的な自発的電気活動(ペースメーカー活動)をしている。一方、POAGnRHニューロンの軸索はそれらとは逆に、脳下垂体のみに明瞭に投射する軸索を持っている。このGnRHニューロン系は明らかに向下垂体ホルモン(Hypophysiotropic Hormone)としてはたらく。これらは規則的なペースメーカー活動をせず、代わりに時間的に不規則に遷移する活動期と休止期を持っている。

    (下図)3つの機能的に異なるGnRHニューロンをGFP蛍光標識したトランスジェニックメダカ(当研究室の大久保助教の他、大学院生神田、磯前らにより最近作成された)

    2.キスペプチン(メタスチン)ニューロン(メタスチンニューロンについては赤染助教のページもご覧ください)

     GnRHニューロンに直接影響を与える重要な神経要素として「キスペプチン(メタスチン)神経系」がにわかに注目を集めている(理学部プレスリリースおよび新聞報道参照)。私たちはメダカを用いてキスペプスチンをコードするKiSS-1遺伝子の配列を非哺乳類で初めて決定した(Endocrinology 149: 2467-2476に発表)。KiSS-1遺伝子を発現するニューロンの脳内分布を形態学的に解析した結果、NPPvおよびNVTと呼ばれる脳部位に2群のキスペプチンニューロンを見いだした。それぞれの脳部位におけるキスペプチンニューロン数において、NPPvではなくNVTだけでオス>>メスという明瞭な性差がある上に、NVTキスペプチンニューロン数は性ホルモンレベルにより調節されるということがわかった。また、長日条件におかれて産卵を毎日行う繁殖状態メダカと短日条件におかれて産卵を全く行わない非繁殖状態メダカでは、NVTキスペプチンニューロン数が繁殖状態>>非繁殖状態であった。このことは、NVTキスペプチンニューロンが繁殖にきわめて重要なはたらきをする一方、NPPvキスペプチンニューロンは雌雄差や性ホルモン環境・繁殖状態などに関係しない別の機能を持つ、という可能性を示唆していて大変興味深い。 このように脊椎動物を通じてキスペプチン神経系が繁殖の中枢制御をおこなう重要な機能を担っていることがわかったが、この研究成果により各種遺伝子改変メダカを用いた生理学・行動学の研究が本格化し、脊椎動物の生殖神経生物学全体にも今後影響を及ぼすことが期待される。メダカはゲノムデータベースが整備されていて分子遺伝学的ツールが活用でき、キスペプチンニューロンによるGnRHニューロンの調節機構を分子・細胞レベルで形態学・生理学的に解析するには最適である。当研究室ではこうした研究を進めるために現在各種のトランスジェニックメダカを作成している。なお、この研究は、平成19〜23年度生研センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」 PROBRAINの研究プロジェクト「動物種を超えた繁殖制御を可能とするメタスチンの生理機能解析」における課題「硬骨魚類脳内メタスチン神経系によるGnRHニューロン調節のメカニズム」として推進している。

    *) 54個のペプチドであるメタスチン(metastin)は,最初にガンの転移(metastasis)抑制因子として,KiSS-1遺伝子産物でそれまでオーファンレセプターであったGGPR54のリガンドとして発見されたことからそのようによばれた。その後メタスチンが強力なLH分泌促進作用をもつことや,思春期の生殖腺刺激ホルモン分泌開始に重要であることなどが報告され,生殖神経内分泌分野でにわかに注目を浴びている。米国などでは,KiSS-1遺伝子産物であるということと,このペプチド遺伝子のKiSS-1がfirst kissを連想させること,Kiss-1遺伝子の発見がハーシーチョコレート(ハーシー・チョコレートキスという製品で有名)工場のあるペンシルバニア州ハーシーのペンシルバニア大学のチームにより行われたこと,などの理由からkissの名前を取って,メタスチンおよびメタスチン活性をもつペプチド断片を総称してkisspeptinキスペプチンとよんでいる。しかし,最初の発見者に敬意を払って私たちはメタスチンとも呼んでいる。

     <3つの機能的に異なるGnRH神経系の神経内分泌・神経修飾作用に関するモデル>

    3つの機能的に異なるGnRH神経系の神経内分泌作用と神経修飾作用のメカニズムに関する作業仮説。終神経(TN)GnRHニューロンと中脳(Midbrain)GnRHニューロンは,ニューロンに内在するイオンチャネルの仕組みにより規則的なペースメーカー活動をしている。終神経GnRH細胞は神経終末や神経突起のバリコシティーおよび細胞体・樹状突起部など細胞の各部からGnRHペプチドを放出している。細胞体・樹状突起部から放出されたGnRHは自分自身もしくは隣接するGnRHニューロンの活動を促進する(自己分泌,もしくは旁分泌)ことにより同期化したGnRHニューロン活動の正のフィードバック的促進を行っている。一方,環境からの感覚情報入力やホルモン入力などが GnRHニューロンにはたらきかけ,GnRHニューロンの細胞内情報伝達系を介してイオンチャネルなどを修飾することによりそのペースメーカー活動を修飾する。これによって,脳の広い部位におけるGnRHニューロンからのGnRH放出が変化する。GnRHはGnRH受容体をもつ標的ニューロンの興奮性や伝達物質放出を修飾することにより,行動レベルでは,動機づけや覚醒状態の微妙な調整をすると考えられている。中脳GnRHニューロンもおそらく同様にして神経修飾作用を持っているのではないかと考えられる。一方、POA GnRHニューロンは電気活動が他の2種類のGnRHニューロンとは全く異なっており、その電気活動や細胞内Ca2+レベルの変動を介して脳下垂体内で生殖腺刺激ホルモンの放出を促進するホルモンとしてGnRHを放出している。メタスチンニューロンは,感覚入力や性ステロイドなどのホルモン入力からGnRHニューロンへの入力を取りもつと同時に3つのGnRHニューロン系の相互作用を仲介している可能性も考えられる。

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    大学院生
    西川 圭(博士3年)
    善方 文太郎(博士3年)
    高橋 晶子(博士3年)
    馬谷 千恵(博士2年)
    長谷部 政治(博士1年)
    小林 由果(修士2年)
    中城 光琴(修士2年)
    森 友紀(修士2年)
    和井田 洋世(修士2年)
    安倍 智裕(修士1年)
    荒井 勇樹(修士1年)
    鹿野 悠(修士1年)
    学部生(4年生特別実習)
    石田 美緒(学部4年)

    研究室出身者(大学院卒業生のみ)
    阿部 秀樹 (平成14年10月より当研究室助教、平成24年4月より名古屋大学
    大学院生命農学研究科准教授) 博士論文の要旨
    石崎 摩美 (平成13年4月より農水省研究員) 博士論文の要旨
    筒井 秀和 (学振特別研究員・理研脳科学研究施設ポスドクを経て平成19年12月より大阪大学医学部助教) 博士論文の要旨
    増井 藤子 (学術振興会博士研究員;東京大学医学部) 
    田中 裕之 (平成18年4月より特許事務所勤務) 博士論文の要旨
    Peter Hajdu(平成15年11月より平成17年11月まで学振外国人特別研究員;現在ハンガリーDebrecen大学Biophysics and Cell Biology助教)
    羽田 幸佑(平成20年3月博士課程修了)
    大石 謙介(平成20年3月博士課程修了)
    岡野 祥子(平成19年9月博士課程中退)
    可児 美夏(平成19年3月日本女子大学修士課程修了)
    出口 裕也(平成20年3月修士課程修了)
    磯前 祥子(平成20年3月修士課程修了)
    尾崎 令(平成20年3月修士課程修了)
    西出 素子(平成20年3月修士課程修了)
    綾部 恵里子(平成21年3月修士課程修了)
    荒田 桃子(平成21年3月修士課程修了)
    土谷 昌史(平成21年3月修士課程修了)
    林 仁寿(平成21年3月修士課程修了)
    神田 真司(平成22年3月博士課程修了、平成24年4月より当研究室特任助教)
    中根 亮(平成22年3月博士課程修了、平成22年4月より日本医科大学医学部助教)
    馬場 紘一郎(平成22年3月修士課程修了)
    入江 高行(平成22年3月修士課程修了)
    三谷 優太(平成22年3月修士課程修了)
    相川 雅人(平成23年3月修士課程修了)
    森 泰隆(平成23年3月修士課程修了)
    河合 喬文(平成23年3月博士課程修了、平成24年4月より大阪大学大学院医学系研究科学振PD)
    曽根岡 直也(平成24年3月修士課程修了)
    染谷 祐樹(平成24年3月修士課程修了)
    引田幸児(平成24年3月修士課程修了)
    本多 久楽々(平成24年3月修士課程修了)
    山本 恵理(平成24年3月修士課程修了)
    吉村 充史(平成25年3月修士課程修了)
    北原 翔一(平成25年3月修士課程修了)
    小島 瑠花(平成25年3月修士課程修了)
    近藤 千香(平成25年3月修士課程修了)

    これまでの大学院生の主なテーマ(学位論文)

    脊椎動物中枢神経系におけるGnRH神経系の多様性―その構造・機能・発生(山本)
    GnRHニューロンにおけるペースメーカー活動の生成・修飾メカニズム(阿部)
    GnRH神経系におけるGnRH分泌活動の生理学的解析(石崎)
    硬骨魚類糸球体核における神経回路および構成細胞の生理学的研究(筒井)
    終神経GnRHニューロンにおけるニューロン間相互作用に関する生理学的研究(羽田)
    性ステロイトフィードバック機構を形成するキスペプチンニューロンの神経内分泌学的研究(神田)
    神経修飾系GnRHペプチドニューロンへの神経入力に関する生理学的研究(中根)
    Hofmeister効果による精子運動制御機構に関する胎生魚グッピーを用いた研究(田中)

    これまでの大学院生の主なテーマ(修士論文)

    ホヤGnRH神経系の神経生物学的研究―光受容ニューロンとの関係(筒井)
    視索前野GnRHニューロンの基本的性質の解析(岡野)
    ドワーフグーラミーにおける雄の巣作り行動とGnRH神経系(可児)
    硬骨魚類糸球体核大型細胞の樹状突起におけるシナプス伝達と短期可塑性(大石)
    終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動におけるCa2+流入機構の役割(大矢)
    内側前脳束を経由した終神経GnRHニューロンへの神経入力の電気生理学的解析(出口)
    トランスジェニックメダカを用いた中脳GnRH神経系の生理機能の解析(磯前)
    終神経GnRHニューロンのペースメーカー活動と細胞内Ca2+濃度の動態(尾崎)
    キンギョ嗅上皮の嗅覚応答に対する神経修飾作用(河合)
    メダカ終神経GnRHニューロンにおける共存伝達物質の分子生物学的解析(西出)
    単一細胞電気穿孔法を用いた遺伝子導入によるGnRH分泌小胞移動の可視化(入江)
    脳内に発現する2つのパラログ遺伝子kiss1/kiss2の生殖中枢制御における役割(三谷)
    ゴナドトロピン分泌制御機構のトランスジェニックメダカを用いた解析(相川)
    生殖の周期性をもたらす機構に関する生理学的研究(苅郷)
    単一kiss1ニューロンの生理学的解析に向けたトランスジェニックメダカ作製(島田)
    メダカ脳におけるKiss1ニューロンによるGnRH分泌制御機構の形態学的解析(善方)
    トランスジェニックメダカを用いたGnRH神経系の形態解析と時期特異的細胞除去法の開発(高橋)
    メダカGnRH受容体の脳内発現分布とそれに基づくGnRH3ニューロン機能の解析(森)
    GnRH3ニューロンからのGnRH/グルタミン酸開口放出動態の解析(曽根岡)
    原始的条鰭類ポリプテルスにおけるGnRH・キスペプチンの分子同定(染谷)
    終神経GnRHニューロンの活動電位波形に応じたCa2+電流変化の電気生理学的解析(引田)
    メダカにおける日長依存的な生殖制御機構に関する神経内分泌学的研究(本多)
    メダカとフグを用いたkiss2遺伝子の機能解析(山本)
    キンギョ性フェロモン17, 20β-PによるLH分泌誘起システムの形態学的解析(吉村)
    TN-GnRHニューロンが視覚神経回路に及ぼす作用の生理学的研究(馬谷)
    栄養状態による生殖機能の中枢調節機構(北原)
    終神経ニューロン特異的なgnrh3遺伝子機能阻害法の確立(小島)
    遺伝子改変メダカを用いたゴナドトロピン( LH )放出の中枢制御機構の解析(近藤)

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